『3月のライオン』という光明

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ハチミツとクローバー』の羽海野チカが描く将棋漫画。え?ハチクロの次が何で将棋なの?と普通の人は思うだろう。僕もその一人だ。ハチクロはいわゆる若者の青春群像劇だと言われることが多い。美大をベースに若者達の恋愛・葛藤を描いている。その意味では正しい表現だろう。原田理花、森田馨、花本修司。彼らは既に若者と呼ばれる時代を終えてしまった大人たちだ。各々が人生の不条理に苦しみ、打ちのめされている。そして羽海野はその不条理から抜け出そうと必死にもがく彼らの姿を、丁寧に、実に丁寧に作中で描いてきた。そう、ハチクロは大人のための終り無き青春群像劇なのだ。
翻って今回の『3月のライオン』はどのような話になっているのか。ストーリーの核は先に書いたとおり「将棋」である。主人公の桐山零は中学生でプロになった至上5人目の天才。若くして頭角を現した背景として、幼い頃に家族を事故で無くし、将棋に自分の居場所を求めたという経緯がある。しかしながら、幼い頃の心の傷が現在も枷となっており、プロの世界で伸び悩んでいる。
以上の主人公の設定だけを見ると、ありきたりな英雄譚に過ぎないと思うかもしれない。しかし、この作品の素晴らしいところは、天才による天才のための陳腐な英雄譚で終わらせないところにある。
将棋の世界は狭い。プロ棋士は200人程度しかいない。その誰もが恐らくは地元に帰れば「天才」扱いになるのだろう。この天才というレッテルは、凡人の中でこそ価値があるのであり、天才しか住んでいない世界では何の意味も成さない。登場する棋士たちは将棋の世界では所詮ただの「ひと」なのだ。桐山零の周りに出てくる棋士たちの姿が、ハチクロに登場する若者や大人たちと同様に実に生々しく、そして力強く描かれているのが印象的である。以下がなんとなくの抜粋。


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主人公である桐山零。



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主人公の(自称)ライバル二海堂晴信。ムチムチなのは腎臓病持ちであるが故。



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松永正一 七段。零に敗れる。



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後藤 九段。主人公の義理の姉である香子の愛人。



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宗谷冬司 名人。



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われらの島田開 八段。島田さんの素敵っぷりはヤマカムさんを見ると良いかと。
http://www1.odn.ne.jp/cjt24200/yamada/log/135/index.html#02




これは人生の物語でもある。なぜなら、彼ら棋士にとって将棋こそが人生の全てだから。人生という不条理な世界を懸命にもがき苦しみながら生き抜いていく姿が、読む人に大きな感動を与える。そんな作品である。恐らく天才であるとか凡人であるとかいったカテゴライズには何の意味もないのだろう。肝心なのはどう生きるかなのだと。
ハチミツとクローバー』に感動した人であれば、必ずこの作品も好きになるだろう。そして『ハチミツとクローバー』の甘酸っぱさが苦手な人は、よりこの作品を好きになることができるかもしれない。いつ終りが来るのかもわからないが、そのときが来るまで大切にしていきたい作品だ。
March comes in like a lion and goes out like a lamb.






そうそう、作品に登場する女性たちも大変魅力的です。あかり、ひなた、モモの三姉妹に加え零の義理の姉である香子。香子さんの雷神っぷりがたまりません。本来キリスト教に出てくる「天使」とは、香子さんのような姿をしているのだろう。これはまじめな話。